ずっーと気になっていた「内藤礼さん」の展覧会があることがわかって、行ってきた。第一印象は、「これって何?意味不明」というもの。空間が一つの彫刻になっているのだろう。ほの暗い室内の周りに、小さな灯りが点在していて、それが、ぼんやり光を放っている。スウッと上に。天井からは風船が所々にぶら下がって揺れている。その中に居て、何かを感じて下さい、ということかなあ、と思った。確かに、歩いたり退いたり、体をねじってみたり、倒してみたりすると、小さな灯りがずっと狐火のように続いているみたいに思えて、「葬列」という言葉が浮かんだ。自分の足下が草むらになっていて、田舎の道を行く葬列に居る気がした。また、月から地球を見下ろしていて、漁り火が点在しているのを俯瞰している気もしてきた。足下はほの暗い海。小さな灯りの横には、たたんだハンカチみたいな布が置かれ、その横にガラスに入った水があった。「水」というのも大きな意味を持つのかな?人の体を作っている水、地球は水の惑星、そんなことを考えて空間を歩いた。作品は「地上はどんなところだったか」という名前。ますます不思議だ。その部屋が一つの作品。
扉を押すと、外の光がまぶしく、その前にじゅうたんを敷いただけの「母型」という作品があって、拍子抜けしてしまった。私は「これが作品ですか?」と美術館の人に聞いてしまった。そのくらい、「母型」というスゴイ言葉とはかけ離れた印象の作品だったから。階下に降りると、紐がゆらゆらしていて、それも一つの作品だった。「恩寵」と言う作品。素材は、紙にオフセット印刷、直径76ミリ 
不思議な時間を経験したなあ、というのは事実なので、それが彼女のメッセージかもしれない。展覧会場は、鎌倉の鶴岡八幡の境内裏にある「神奈川県立近代美術館 鎌倉」だから、池の面が光り、作品の紐がその中にゆらめいていた。この展覧会は、「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」というテーマなのです。今なお、あの光が目の裏に浮かび、作品としては心に残っている。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2009/naito/index.html
先日のバザーで買った「ズボン」の写真をアップします。ポケットがお気に入りなのです。